いつの間にか、クレヨンや色鉛筆の肌色(はだいろ)がなくなったのをご存じでしょうか。
私たちが子供の頃は、幼稚園や学校でも肌色として色を教わり、絵を描くときにはよく使ったあの色。
正確には、色としては残っているのですが、呼称が変わりました。
かつての肌色は、「うすだいだい」「ペールオレンジ」として、今の子供達に馴染んでいます。
この記事では、肌色が言い換えされるようになったのはなぜなのか、また、いつ頃から呼称が変わり始めたのかを見ていきましょう。
肌色言い換えの具体例は?
肌色の言い換えとしては、現在は主に3つあります。
- うすだいだい
- ペールオレンジ
- ベージュ
肌色に言い換えられるそれぞれの色について詳しく見てみましょう。
「うすだいだい色」「ペールオレンジ」「ベージュ」などの肌色言い換え
■うすだいだい(薄橙)
橙色は、柑橘類の橙(だいだい)という果物由来です。
黄色に赤色を足したような色で、オレンジ色として認識されている方が多いかと思います。
この橙色を薄くした色を、うすだいだい色と呼びます。
■ペールオレンジ(pale orange)
ペールオレンジのペール(pale)とは、淡い、薄い、を意味します。
直訳すると、薄いオレンジという意味で、うすだいだい(薄橙)とほぼ同じ色になります。
■ベージュ
ベージュはフランス語が語源で、薄くて明るい茶色(漂白も染色もしていない羊毛のような色)として、アジア人の肌の色を表現する際に用いられることがあります。
うすだいだいやペールオレンジ同様に、黄色も混じる私たちの肌の色に近いとされるのも、納得ですね。
日本語での「肌色」の言い換えとその使い方
日本語で肌色と呼ばれる前、同じ色に別の名がありました。
それは「宍色(ししいろ)」。
宍色は、肉色(にくいろ)や人色(ひといろ)とも呼ばれ、食用の獣の肉の色を表すときに使われていました。
仏教が一般に広まる前の江戸時代より前のことです。
仏教が広まってからは、肉食を禁止された時代もあり、そのころから「肌色」という呼び名が広まったとされています。
鉛筆やクレヨンの「肌色」の新たなカタカナ言い方は?
現在は、鉛筆やクレヨンのメーカーで、カタカナで肌色を表現する場合に使われている呼称は「ペールオレンジ」が一般的になりました。
肌色言い換えの含意とその背景は?
日本人が持つ肌色のイメージは、一般的な肌の色として、薄いベージュや淡いオレンジなどです。
これは島国日本のでの古いイメージですね。
今の日本には多種の肌の色を持つ方々が住んでいるため、肌の色に固定観念を持つことは人種差別にも繋がる問題ともなり得ることから、「肌色」を言い換える動きが広まりました。
今では、全てのクレヨンから肌色という名前の色が無くなりました。
「肌色」を「ベージュ」に言い換えられてきた理由
先ほども少し「ベージュ」について触れましたが、薄くて明るい茶色をベージュと呼びます。
ベージュも1色ではありませんが、昔から標準的な肌色として用いられてきました。
今も化粧品などの色で、「ライトベージュ」「ナチュラルベージュ」などの種類がありますね。
「肌色」の色鉛筆が「ベージュ」に変わるきっかけ
肌色とベージュはどこが違うのかな?と気になりますよね。
ここで、色鉛筆で二色を比べてみましょう。
肌色(うすだいだい)とベージュの色鉛筆を並べると違いがハッキリわかりますよ。
色の明るさは同程度ですが、ベージュの方が黄色みを強く感じ、少し茶色が混じっているような色です。
肌色は薄いオレンジ色に近く、ベージュは薄い茶色に近いという違いがあります。
英語での「肌色」の表現とは
英語の「肌色」はflesh colorと表現することがありました。
肉色や白人の薄赤みがかったクリーム色を表現しているため、現在は、日本の「肌色」と同じで使用を控えられてきているようです。
では、今、英語で「肌色」を表現する場合は何を使えばよいのでしょうか。
- peach
- beige
- tan
- brown
このあたりの単語に、“淡い”“濃い”などの濃淡の単語を組み合わせます。
日本以上に英語圏では肌の色がセンシティブな内容として扱われるため、話題として注意が必要です
肌色言い換えの意義と反響は?
肌色の言い換えの歴史は、日本の、グローバル化や多様性の尊重を発展させるために意義あることだったと言えます。
肌色の言い換えが始まったのは1999年頃からで、大手クレヨンメーカーのぺんてるが「肌色」を「ペールオレンジ」に呼称を改めました。翌年2000年にはサクラクレパスも「うすだいだい」に呼称を変更しています。
当初は、日本独自の文化の中で育った「肌色」を、大切に残していかなければならないという反対もあったようです。
肌色言い換えまとめ
肌色の言い換えは、時代に合わせ多様性を大切にする日本の動きでもあります。
まずは大人である私たちが多様性のある社会を自然に受け止め、未来を担う子供たちにも同様の意識を持てるように育てていきたいですね。
肌の色は千差万別。
肌の色で人間の価値が変わるものではありません。
肌色の言い換えと同じように、世の中の多様性を自然に受け止め、平和な地球に繋げていければと強く思います。